この記事の内容
「会社をやめてから考える」は、いちばん条件の悪い順番です。手元のお金が減っていく間に、売れるかどうかもわからないものを試すことになるからです。会社員のまま小さく始めれば、検証にかけられる時間を、いま受け取っている給料で買うことができます。この記事では、会社員がスモールビジネスを始めるときの進め方を、始める前に確認すること・時間の作り方・会社員のまま試せる形・最初の1件の取り方の順に整理します。就業規則や競業避止など、勤務先と法務にかかわる部分は判断を誤ると取り返しがつかないので、そこから先に触れます。
この記事について
書いているのは、作る側です。ハコブネを運営する株式会社Walkersは、受託と自社事業で累計300件の開発に関わり、200社以上の事業づくりを支援してきました。監修は取締役の池田龍一です。
一般論ではなく、実際にやったことの中身で説明します。この記事に出てくる数字は、すべて公開済みの自社・支援先の事例から引いています。出典は記事の最後にまとめました。
会社員が有利なのは「収入が途切れない」から
スモールビジネスで最初に消えていくのは、お金より先に時間の余裕です。売れるかどうかを確かめるには、作って、出して、反応を見て、直す、というひとまわりが要ります。ここに数ヶ月かかるのは珍しいことではありません。
会社員のまま始める人は、この数ヶ月を焦らずに使えます。貯金を取り崩しながら検証する人と、給料を受け取りながら検証する人とでは、耐えられる失敗の回数が違います。事業の当たり外れは、ひとまわりを何回まわせたかに引っ張られる面があります。回数を増やせる立場は、それだけで有利です。
もうひとつの武器は、社内で見てきた困りごとです。事業のアイデアを「世の中にない新しいもの」から探そうとすると手が止まりますが、自分が毎月やらされている面倒な作業、他部署から毎回同じ質問が来る資料、紙とチャットを行き来しているだけの手続きは、すでに目の前にあります。株式会社Walkers代表のつかさ(渡邊敦司)は、手持ちの資源から始めるエフェクチュエーションの考え方が自分の起業プロセスに近い、と公開のXで書いています。会社員の「手持ち」は、給料と、業務で身についた勘の両方です。
- 毎月かならず発生するのに、誰も好きでやっていない作業
- 人が増えるたびに比例して重くなっている仕事
- 引き継ぎのたびに説明が必要な、個人の頭の中にある手順
始める前に確認すること
ここは事業の巧拙より前の話です。着手する前に、勤務先の規定を自分の目で読んでください。 確認する対象はおおむね次の4つに分かれます。
- 就業規則・副業規定:許可制か届出制か禁止か。許可制なら誰に何を出すのか
- 競業避止:勤務先と同じ顧客層・同じ商材に当たらないか
- 情報の持ち出し:顧客リスト、社内資料、開発物、取引条件は持ち出さない
- 勤務時間と設備:業務時間中の作業、社給PC・社用アカウントの利用は避ける
情報の持ち出しは、規定の有無にかかわらずやらないのが唯一の正解です。 社内で見てきた困りごとを材料にするというのは、「こういう場面で人は困る」という理解を持ち出すことであって、ファイルや名簿を持ち出すことではありません。ここを曖昧にしたまま始めた事業は、うまくいったときにこそ問題になります。
なお、この記事は一般的な進め方の整理であり、法務・労務の助言ではありません。就業規則の解釈、競業避止義務の範囲、税務上の扱いは、勤務先の担当部署と、弁護士・社会保険労務士・税理士などの専門家に必ず確認してください。 規定は会社ごとに違い、同じ会社でも改定されます。
時間は「作る」のではなく先に決める
「空いた時間でやる」は、たいてい空かないまま終わります。順番を逆にして、週に使う時間を先に固定し、その中に入る大きさの計画を立てるほうが続きます。平日夜に2時間ずつで週4時間、土曜の午前に3時間、といった具体的な枠にしてください。
枠を決めたら、作業の切り方を枠に合わせます。おすすめは、1回で終わる作業から並べることです。「サービスを作る」は1回では終わりませんが、「困っている人に話を聞く約束を1件取る」「問い合わせフォームだけ用意する」「料金の書き方を3パターン書く」は終わります。終わる作業を並べると、進んだかどうかが毎回わかります。
体調や繁忙期で枠が飛ぶ週も出ます。そのときに計画を作り直すのではなく、順番を1つ後ろにずらすだけにしてください。会社員の事業は、止まることではなく、止まったあとに戻れなくなることで終わります。
会社員のまま試せる4つの形
どれも、在庫を持たず、初期費用が小さく、やめたいときにやめられる形です。
受託・代行は、自分の手を売る形です。相手の困りごとがはっきりしているぶん、売れるかどうかの答えが早く出ます。最初の現金も入りやすい一方、時間と売上が比例するので、これ一本だと枠の上限がそのまま売上の上限になります。
伴走は、作業を代わるのではなく、相手が自分でやれるようになるまで隣で見る形です。月に数回の打ち合わせが中心になるので、平日夜と週末の枠に収まりやすいのが利点です。ハコブネの新規事業立ち上げゼミも、3ヶ月・全6回・最大2名という形をとっています。
講座は、同じ説明を何人かにまとめて届ける形です。Walkersが自社で運営するTech Studioは、動画配信システムを自社で1ヶ月で作って運営し、受講生30名以上が学んでいます。ただし、教える中身は自分がやってみた経験からしか出てこないので、受託や伴走のあとに来る形と考えたほうが無理がありません。
小さな自社サービスは、いちばん時間がかかるぶん、自分の手から切り離せる可能性がある形です。会社員のまま作るなら、機能は「確かめたい問いが1つ検証できる最小限」で止めてください。 Walkers自社のPrompt Labは構想からベータ版公開まで3週間、同じくHP Answerはヒアリングシートだけで打ち合わせ0回・48時間以内に初稿3パターンを返す形にして、制作費0円・月額4,900円で提供しています。どちらも、最初から全部を作ってはいません。
器は思っているより小さく作れる

「システムを作るなら数ヶ月と数百万」という前提で止まっている人は多いのですが、規模を絞れば期間はかなり短くなります。1952年創業・高田馬場の中華料理店、一番飯店では、紙伝票とトランシーバーで回していたオーダーを、ノーコードのオーダーシステムに置き換えました。ベータ版まで2週間、スタッフ4名の店舗で、導入から約2年使われ続けています。 オーダーの労力は約50%削減(依頼者の体感)とのことです。
高福合同会社のツナガルは、会員システムをLINE公式アカウントと連携する形で1ヶ月で開発し、開始約2ヶ月で会員12名・LINE約60名まで来ています。山本製作所の案件では、3週間かかると見ていた開発が2週間以内に終わりました。いずれも「全社の基幹システム」ではなく、いま詰まっている一箇所に絞った器です。
2026年8月23日に東京・目白台とオンラインで開いたハッカソンでは、開発が初めての人や事業を持っていない人を含む参加者全員が、4時間弱でプロダクトを完成させて発表しました。生まれたのは5本(参加者3本+運営2本)で、受賞したのは開発未経験の参加者です。少人数の回なので一般化はできませんが、アンケートに答えた3名は満足度が全員10点満点でした。会社員が週4時間を数週間積めば、確かめるための器はだいたい建ちます。
最初の1件の取り方
最初の顧客を、広告や集客の仕組みから探そうとしないでください。最初の1件は、すでに自分のことを知っている人の中から出るのがふつうです。 前職の同僚、取引先の担当者、趣味や地域のつながり、家族の知り合いの会社。ここに「困っていませんか」と聞ける相手が何人いるかを、先に数えます。
聞くときは、売り込みではなく事実の確認から入ります。いまその作業に月何時間かかっているか、誰がやっているか、失敗するとどうなるか、これまで何を試してだめだったか。この4つが埋まると、いくらなら払う価値があるかは相手の口から出てきます。つかさは公開のXで、Who・When・What・Where・How・Whyを埋めると新規事業のコンセプトになる、と書いています。
価格は、最初から安くしすぎないほうがいいという考え方もあります。極端に安い1件目は、値上げのときに必ず揉めるからです。一方で、実績が1件も無い状態では相手も判断できないので、範囲を狭く切って(「この作業だけ」「1ヶ月だけ」)小さく受けるほうが決まりやすい、という進め方もあります。どちらを取るかは、相手との関係の長さで決めてください。
そして、競合がいたことを理由に引き返さないことです。つかさは公開のXで、検討中の新規事業に競合がいたときの反応として「普通の人:やっぱやめとくか…/BizDev:やったー市場がある!!」と書いています。競合がいるのは、お金を払う人がすでにいるという証拠です。
よくある質問5選
質問1会社に知られずに始めたほうがいいですか。
隠すことを前提にすると、屋号も請求書も出せず、事業として続けにくくなります。まず就業規則を読み、届出や許可の手順があるならその通りに進めるのが結局いちばん早いです。判断に迷う部分は、勤務先の担当部署と専門家に確認してください。
質問2週に何時間あれば始められますか。
一概には言えませんが、まとまった時間を少ない回数で取るほうが進みやすいことが多いです。大事なのは時間の量より、枠を先に決めて、その中で終わる作業に切り分けることです。
質問3どの形から始めるのがいいですか。
現金が早く入るのは受託・代行、時間あたりの効率が上がりやすいのは伴走、手から切り離せる可能性があるのは自社サービスです。会社員のうちは、答えが早く出る受託や伴走で顧客の困りごとを確かめてから、自社サービスに移す順番が無理の少ない進め方です。
質問4作るものが大きくなりすぎて出せません。
確かめたい問いを1つに絞って、それに効かない機能を落としてください。一番飯店の例のように、いま詰まっている一箇所だけに絞れば、ベータ版まで2週間という規模で建つこともあります。詳しくは個人開発のMVPの記事も参考にしてください。
質問5会社員のうちに法人を作るべきですか。
取引先の与信や税務の事情で必要になる場合もありますが、最初の1件が取れる前に急ぐ必然性は薄いことが多いです。設立・税務・社会保険の判断は個別事情で変わるので、税理士など専門家に確認してください。
この記事で触れた事例の出典
最終更新:2026年9月16日
