この記事の内容
自社サービスの試作ができても、最初に誰に見せればよいかで手が止まることがあります。広告を出すほどの予算はなく、知らない相手に声をかけるのも気が引ける。一方で、受託の取引先なら毎週のように話しているのに、自社の話を持ち出すと関係が崩れそうで言い出せない。
受託の既存顧客は、自社サービスの最初の相手としてとても向いています。相手の業務を知っていて、すでに信頼があり、何に困っているかを直接聞ける関係だからです。ただ、切り出し方を間違えると、受託の本業にまで影響が出ます。
この記事では、既存顧客に自社サービスを提案する方法を、相手の見極め、試作の見せ方、有料モニターへの誘い方、権利の確認、断られたときの扱いの順に紹介します。既存顧客への提案は「売り込み」ではなく、受託で聞いてきた困りごとへの「次の答え」として出します。
この記事について
書いているのは、作る側です。ハコブネを運営する株式会社Walkersは、受託と自社事業で累計300件の開発に関わり、200社以上の事業づくりを支援してきました。監修は取締役の池田龍一です。
一般論ではなく、実際にやったことの中身で説明します。この記事に出てくる数字は、すべて公開済みの自社・支援先の事例から引いています。出典は記事の最後にまとめました。
既存顧客が最初の相手に向いている3つの理由

知らない相手に自社サービスを売るのと比べて、既存顧客には始めから揃っているものがあります。
1つ目は、相手の業務の中身を知っていることです。受託で要件を聞き、画面や仕組みを作ってきた経験があれば、相手がどこで手間取り、どこで困っているかを具体的に分かっています。
2つ目は、信頼がすでにあることです。納期を守り、修正に応えてきた実績があるので、試作を見せても「この人が作ったものなら一度見てみよう」と思ってもらいやすくなります。
3つ目は、率直な反応を聞けることです。定例の打ち合わせで、使ってみてどうだったか、どこが足りないかを直接聞けます。Walkersが保守と改善を担当しているカウダムの事例でも、パッキン・ガスケット業界向けの残材マッチングサイトを、毎週1時間のオンラインミーティングでユーザーアンケートの要望を反映しながら、検索機能などを改善してきました。定期的に話せる関係があると、改善の材料が集まりやすくなります。
この3つは、受託を続けてきた人だけが持っている強みです。知らない相手に一から信頼を作る手間を考えると、受託の経験は自社サービスを始めるときに間違いなくプラスに働きます。ただし、その強みは受託の関係の上に成り立っているので、関係を傷つけない順番で進める必要があります。
提案してよい顧客と、まだ早い顧客

既存顧客ならどこでもよいわけではありません。提案する前に、相手との関係を見極めます。
提案に向いている顧客
受託の納品が終わって運用に入っている顧客、同じ相談を何度も受けている顧客、打ち合わせで業務の困りごとを自分から話してくれる顧客は、提案に向いています。特に「同じ相談を何度も受けている」状態は、その困りごとに需要があるという証拠でもあります。どの作業が種になるかの見分け方は、受託で何度も頼まれる作業は、プロダクトの種になる|見つけ方と3つの判定で整理しています。
まだ早い顧客
反対に、納期の迫った案件が進行中の顧客、受託の仕上がりにまだ不満が残っている顧客には、提案を控えます。相手が受託の成果に集中しているときに別の話を持ち出すと、本業がおろそかになっているように見えてしまいます。受託の約束を果たしてからでないと、自社サービスの話は聞いてもらえません。
受託の延長として試作を見せる

切り出すときは、いきなり「自社サービスを作ったので買ってください」とは言いません。受託の中で聞いた困りごとに対して、こういう形ならどうかと試作を見せる流れにします。
定例の打ち合わせの最後に少しだけ時間をもらう
受託の定例の打ち合わせが終わったあと、「以前お話しされていた◯◯の件で、試しに作ってみたものがあります。少しだけ見ていただけますか」と切り出します。資料ではなく、実際に動く画面を見せるのがポイントです。動くものを前にすると、相手は自分の業務に当てはめて具体的な反応を返してくれます。
聞くのは「使うか」より「今どうしているか」
試作を見せたあとに「これ、使いますか」と聞くと、相手は気をつかって「いいですね」と答えがちです。それより、今その作業をどうやって片付けているか、どのくらいの頻度で発生するか、困ったときに誰に頼んでいるかを聞きます。相手の答えが具体的なほど、試作がその困りごとに合っているかを判断しやすくなります。聞き方の例は、顧客インタビューの質問20問。場面別に使える台本と聞いてはいけない質問が参考になります。
チャットで切り出すときの文面
定例の打ち合わせがない顧客には、普段のチャットやメールで切り出します。「以前◯◯の作業に毎月時間がかかっているとお聞きしたので、それを短くする画面を試作しました。受託のご依頼とは別のお話なので、ご興味があれば15分ほどお時間をいただけますか」のように、受託とは別の話であることと、断ってもよいことが伝わる文面にします。
相手に考える余地を残すのがポイントです。「ご興味があれば」と一言添えるだけで、相手は受託の取引への影響を気にせずに断れるようになります。
相手の話で方向が変わってもよい
既存顧客に見せると、こちらの想定と違う使い方を求められることがあります。相手との対話で方向が変わるのは珍しいことではありません。Walkersが開発したサカチムプラスでも、当初は検索サイトの強化を想定していましたが、依頼者との対話を重ねて「チーム専用ホームページの質」へ方向を変えました。最初の案にこだわるより、相手の話を受けて形を変えるほうが、使われるものに近づきます。
有料モニターに誘う

反応が良ければ、次は有料モニターとして使ってもらえないかを相談します。お金を払ってでも使いたいかどうかで、本当に必要とされているかが分かるからです。
受託の請求とは分けて扱う
有料モニターの料金は、受託の請求とは別に扱います。受託の見積もりに紛れ込ませると、相手は何にいくら払っているのか分からなくなり、後で揉める原因になります。契約や請求書も別にしておくと、正規リリースのあとも整理しやすくなります。
約束することを紙1枚にまとめる
モニターの期間、料金、使える機能、こちらが対応すること、相手にお願いしたいことを、1枚の書面にまとめて渡します。お願いしたいことには、感想の共有や、事例として掲載してよいかどうかなどが入ります。口頭だけで進めると、受託の延長として無償の対応を期待されることがあります。有料モニターの価格の決め方や集め方は、有料モニターの集め方と価格の決め方|正規リリース前に実績を作るで詳しく扱っています。
担当者と決める人が違うときは
受託で毎週話している担当者が、お金を払うかどうかを決める人とは限りません。担当者が試作を気に入っても、上司や経営者の了承が必要な場合があります。その場合は、担当者が社内で説明しやすいように、何の作業がどれだけ楽になるか、料金と期間はどうなるかを短くまとめた資料を渡します。担当者の手間を増やさないことが、提案を前に進める近道です。
受託の値引きと混ぜない
モニターを頼みやすくするために「受託の金額を少し下げるので試してください」と持ちかけるのは避けます。受託の値段と自社サービスの値段が混ざると、相手はどちらにいくら払っているのか分からなくなり、正規の価格を決めるときの手がかりも失われます。受託は受託の金額のまま続け、自社サービスは自社サービスの料金で試してもらうと、お互いに判断しやすくなります。
提案する前に、権利と秘密保持を確かめる

既存顧客に提案するときに見落としやすいのが、受託で作ったものとの関係です。試作の中に、その顧客の受託で作ったコードやデザイン、相手から預かったデータが入っていないかを確かめます。
受託の契約によっては、成果物の権利が取引先にあったり、業務で知った情報を他の用途に使えない取り決めがあったりします。自社サービスに受託の成果物や取引先の情報を使うなら、提案の前に契約書を読み直し、必要なら取引先と書面で合意しておきます。判断に迷う場合は、弁護士など専門家に相談してください。確認する点は受託の成果物を自社製品に使ってよいか|契約で確認する5つの点で整理しています。
また、ある顧客の業務をもとにした自社サービスを、その顧客の競合に売る可能性がある場合は、最初の提案の時点で伝えておくほうが誠実です。後から知られるより、先に話しておくほうが関係は崩れにくくなります。
断られたときの扱い

提案は断られることもあります。断られたときの扱い方で、受託の関係が続くかどうかが決まります。
まず、断られたことを受託の対応に持ち込まないことです。提案を断った顧客にも、これまでと同じ品質と速さで受託の仕事を続けます。そうすることで、相手は「断っても関係は変わらない」と安心でき、別の機会に声をかけやすくなります。
次に、断られた理由をできるだけ具体的に聞いておきます。「今は予算がない」「社内の別のツールで足りている」「担当者の手が回らない」など、理由によって次の動き方が変わります。予算が理由なら時期を改め、ツールで足りているならその顧客は対象から外し、別の業界で試すといった判断ができます。
また、断られたことを相手に気まずく思わせない工夫もしておきます。「お話を聞かせていただけただけで助かりました」と一言伝えて、提案の話をそこで終えます。次の定例はいつもどおり受託の話から始めれば、相手も構えずに済みます。
断られた理由は、次にどこへ見せるかを決める材料として記録しておきます。同じ理由で何社にも断られるなら、試作の形か、見せる相手のどちらかを変える合図です。
よくある質問5選

質問1受託の取引先に自社サービスの話をすると、本業を軽く見ていると思われませんか?
受託の約束を果たしたうえで、相手の困りごとへの答えとして見せれば、そう受け取られにくくなります。進行中の案件が落ち着いてから切り出すのが前提です。
質問2何社くらいに見せればよいですか?
決まった数はありません。まずは関係が深く、同じ困りごとを話してくれた1〜2社から始め、反応を見ながら広げていくと無理がありません。
質問3試作はどこまで作り込んでから見せるべきですか?
困りごとの中心になる操作が1つ動けば十分です。作り込みすぎると、相手の反応で方向を変えにくくなります。
質問4無料で使ってもらうのではだめですか?
無料だと、相手は気をつかって良い感想を返しやすくなります。少額でもお金を払ってもらうと、本当に必要とされているかが分かりやすくなります。
質問5断られたあと、もう一度提案してもよいですか?
試作を改善した、相手の状況が変わったなど、前回と違う理由があれば問題ありません。断られた理由を記録しておくと、声をかける時期を判断しやすくなります。
次の定例で1社に試作を見せる
最初の一歩は、提案に向いている顧客を1社選び、次の定例の打ち合わせの最後に試作を見せることです。その前に、試作に受託の成果物や取引先の情報が入っていないかを確かめ、聞きたい質問を3つほど用意しておきます。
受託の関係を保ちながら自社サービスを広げていく進め方は、一人で考えるより、同じ立場の人の経験を聞いたほうが判断しやすくなります。受託と自社の新規事業を並行してきた株式会社Walkersが運営するハコブネでは、既存顧客への提案や有料モニターの進め方を、メンタリングや交流会で相談できます。入会を前提にしないオンラインの無料相談会もあるので、最初の1社への見せ方に迷っている方は気軽に申し込んでください。
最終更新:2026年10月21日
