この記事の内容
受託開発の仕事をしていると、取引先から「AIで作れば、もっと安くなりませんか」と聞かれることはないでしょうか。見積もりの工数を説明しても、以前ほど納得してもらえないと感じる場面もあるかもしれません。受託開発の将来性について、漠然とした不安を抱えている開発会社の代表やフリーランスのエンジニアは少なくないはずです。
この記事は、AI駆動開発・ノーコード開発を手がける株式会社Walkersの立場から書いています。Walkersは累計開発実績300件、200社以上の支援、自社メディアの累計100万PVという実績を持つ受託開発の会社で、受託と並行して複数の自社事業も進めています。当事者として、AIで何の値段が下がり、何の価値が上がっているかを整理します。
結論を先に書くと、作業の値段は下がりやすく、要件を決める仕事と顧客との接点の価値は上がりやすいと考えています。受託開発の将来を考えるときは、「受託が残るか」ではなく「受託のどの部分が残るか」で分けて考える必要があります。
この記事について
書いているのは、作る側です。ハコブネを運営する株式会社Walkersは、受託と自社事業で累計300件の開発に関わり、200社以上の事業づくりを支援してきました。監修は取締役の池田龍一です。
一般論ではなく、実際にやったことの中身で説明します。この記事に出てくる数字は、すべて公開済みの自社・支援先の事例から引いています。出典は記事の最後にまとめました。
受託開発の値段は、工数で決まってきた

受託開発の見積もりは、多くの場合「何人が何日かかるか」で組み立てます。画面の数、機能の数、連携する外部サービスの数から工数を出し、単価を掛けて金額にします。取引先もその内訳を見て、高いか安いかを判断してきました。
この仕組みでは、作業に時間がかかるほど売上が増えます。逆に言えば、同じ作業が短い時間で終わるようになると、売上の根拠がそのまま小さくなります。AIで実装の時間が縮むと、取引先は工数が減った分の値下げを期待しやすくなります。
しかも取引先の側でも、AIを使えば簡単な画面やツールを自分たちで作れるようになりつつあります。社内で作れるものは外に頼まなくなるので、受託に来る依頼は、社内では作れない難しいものか、そもそも何を作るか決まっていないものに寄っていく可能性があります。
Walkersの代表は、受託開発という事業領域はAIで将来的に消えていく可能性が高いという問題意識を持っています。受託を続けている会社の代表が言っていることなので、受託を否定する意味ではありません。工数を根拠にした値付けが、これまでどおりには通りにくくなるという見方です。
AIで値段が下がりやすい作業

AIで値段が下がりやすいのは、何を作るかが決まっていて、手を動かす部分が大きい作業です。開発の現場で特に変化が大きいものを3つ挙げます。
仕様が固まった画面と機能の実装
仕様書があり、画面の動きと入力項目が決まっている実装は、AIに任せられる範囲が広くなっています。人が書くのはAIへの指示と、出てきたコードの確認です。作業時間が縮むので、実装の工数だけで見積もる案件は値段が下がりやすくなります。
初稿づくりと、たたき台の提示
LPやホームページの構成、デザインの初稿も、AIで短く出せるようになりました。Walkersの自社サービスのHP Answerは、ヒアリングシートだけで打ち合わせ0回、AIが構成・デザイン・実装まで行い、48時間以内に動く初稿を3パターン提示するサービスで、ベータ版として告知しています。開発会社自身がこうしたサービスを出せる時代なので、初稿を作る作業だけで値段をつけるのは難しくなっていきます。
定型の修正とテスト
文言の差し替え、項目の追加、決まった手順のテストなど、手順が決まった作業もAIで短くなります。保守契約の中でこうした作業の比率が高い場合は、作業量ではなく「何を守るか」で契約の中身を見直す余地があります。
3つに共通するのは、何を作るかが先に決まっていることです。決まったものを作る作業は、AIに任せる範囲が広がるほど、誰がやっても同じ結果に近づきます。同じ結果なら、取引先は安いほうを選びやすくなります。
受託開発で価値が上がる仕事

一方で、AIでは代わりにくい仕事もあります。Walkersが公開している開発事例を読み返すと、作業の速さよりも、何を作るかを決める判断の部分が中心になっている案件があります。
決まっていない要件を決める
京都大学の無機廃液登録管理システム「KULALIS」では、週1回のミーティングで仕様をすり合わせ、年度内に納品しました。Walkersは4社の見積もりを比べたうえで採用されています。サッカーチーム向けのホームページ作成サービス「サカチムプラス」では、当初は検索サイトの強化を想定していましたが、対話を重ねてチーム専用ホームページの質に方向を変えました。
どちらも、最初に渡された要件をそのまま作ったのではなく、取引先と話しながら何を作るかを決め直しています。AIはコードを書けても、取引先の業務の中で何を優先するかを決めるのは人の仕事です。要件を決める部分のうちAIに任せられることと人が決めることは、要件定義をAIで進めるには|依頼前に書く4項目と人が決めることで整理しています。
途中で方針を変える判断と、断る判断
UPSTA Japanの営業支援型ビジネスマッチング「ApoLink」では、テストマーケティングでマッチング機能への反応がよかったため、開発の途中でマッチング機能を前倒しする方針に切り替え、予定どおりリリースしました。山本製作所の予約アプリでは、短納期・低予算の中で、実現が難しい要望は早めに「難しい」と判断して伝えています。
何を前倒しにして、何をやらないか。こうした判断は、開発と事業の両方を見ている人にしかできません。言われたとおりに作るだけでなく、事業がうまくいく方向に一緒に判断してくれる相手を求める取引先は少なくありません。AIで作る作業が速くなるほど、浮いた時間を判断と対話に使える開発会社のほうが選ばれやすくなると考えています。
顧客との接点と、引き継いだあとの立て直し
感覚過敏の方向けのセンサリーマップ「Calmspot」は、自社開発で見通しが立たなくなっていた開発をWalkersが引き継いだ案件です。KULALISも運用開始後に改修を続けています。納品して終わりではなく、取引先の事業が動き続ける間ずっと関わる関係は、AIが作業を速くしても代わりにくい部分です。
Walkers取締役の池田龍一は、100件以上のシステム開発に携わり、要件が固まっていない案件や、他社から引き継いだ開発の立て直しを担当してきました。受託開発の中で価値が上がっているのは、まさにこうした仕事です。
顧客との接点には、もう1つの意味があります。長く付き合っている取引先は、業務の困りごとを最初に話してくれる相手です。どの業界で、どんな作業に手間がかかっているかを知っていることは、自社プロダクトの種を探すときの手がかりにもなります。
開発会社として、Walkersが自社で先に試していること

作業の値段が下がる流れを、Walkersは自社の事業でも先に受け止めています。FDE-NOAHは、メール・営業・経理・議事録など会社の定常業務をAIが監視・自動処理し、判断が必要な場面だけ人に届ける自社プロダクトです。1社ごとに個別に導入する形で、Walkersは自社の経営で先に運用しています。
受託で培った開発の力を、取引先の案件だけでなく自社の業務と自社の商品にも使う。作業が速くなるなら、浮いた時間を自社のプロダクトに回せるというのが、開発会社としての受け止め方です。受託開発会社が自社プロダクトを持つときの型は、受託開発会社の自社プロダクト戦略|SaaS化・横展開・事業譲受の3つの型で詳しく扱っています。
受託の経験を持ったまま、自社プロダクトへ進む

ここまでの話をまとめると、受託開発で値段が下がるのは作業の部分で、価値が上がるのは要件を決める力と顧客との接点です。この2つは、自社プロダクトを作るときにそのまま必要になる力でもあります。
もちろん、受託から自社プロダクトへ移るのは簡単ではありません。受託では取引先が値段と納期を決めてくれますが、自社プロダクトでは何を作るかも、いくらで売るかも自分で決めます。売れなければ売上はゼロです。それでも、受託で鍛えた力が無駄になることはありません。
要件を決める力があれば、自社プロダクトで何を作り、何を作らないかを自分で決められます。顧客との接点があれば、試作を見せて反応をもらう相手がすでにいます。受託開発の経験は、自社プロダクトを始めるときの一番の材料になります。
だからこそ、受託がまだ回っている今のうちに、自社のプロダクトを1本持っておくことをおすすめします。受託の売上があるうちなら、自社プロダクトが売れるまでの期間を受託で支えられます。売上が落ちてから始めると、焦りから値付けや売り先の判断を誤りやすくなります。受託をやめる必要はありません。受託を続けながら1本出すまでの手順は、受託から自社プロダクトへ移る方法|受託を続けながら1本出すまでの7工程にまとめています。作るのが速くなった時代に、どこで他社と差をつけるかは参入障壁の作り方と、作るのが速くなった今どこに作るかも参考になります。
よくある質問5選

質問1受託開発はAIで本当になくなりますか?
すぐに全部がなくなるとは考えていません。ただ、工数を根拠に作業時間を売る受託は、将来的に縮んでいく可能性が高いと見ています。要件を決める仕事や、運用しながら改修を続ける仕事は残りやすいです。
質問2取引先から値下げを求められたら、どう答えればよいですか?
作業時間が減った分は値下げに応じつつ、要件の整理や運用後の改善など、判断の部分を別の項目として見積もりに出す方法があります。何に対してお金をもらうかを、作業から判断へ少しずつ移していく考え方です。
質問3フリーランスのエンジニアにも同じことが言えますか?
言えます。仕様どおりに実装するだけの案件は値段が下がりやすく、取引先と話して何を作るか決められる人は頼まれ続けやすいです。フリーランスの立場での進め方は、同じシリーズの記事で別に扱っています。
質問4AIを使わずに受託を続けるのはまずいですか?
AIを使わない選択もできますが、同じ作業を短く終える会社と比べられると、見積もりで不利になりやすいです。AIで受託の作業を短くすると、自社プロダクトに回す時間もつくれます。
質問5要件を決める力は、どうすれば伸ばせますか?
受託の案件で、渡された仕様をそのまま作る前に「なぜこの機能が必要か」を取引先に聞く習慣をつけることです。自社プロダクトを作ると、自分で要件を決める経験を積めるので、受託の側にも返ってきます。
受託の見積もりを、作業と判断に分けて見直す
まずは直近の見積もりを3件取り出し、項目を「AIで短くなる作業」と「人が判断する仕事」に分けてみてください。作業の比率が高い案件ほど、この先値段が下がりやすいと考えられます。判断の部分を見積もりにどう出すか、浮いた時間を何に使うかを決めるのが次の一歩です。
ハコブネは、受託と自社の新規事業を並行してきた株式会社Walkersが運営するAI×事業開発のコミュニティです。受託開発の経験を持ったまま自社プロダクトを作る進め方を、Discordやオンライン交流会、東京での対面イベントで一緒に考えます。入会を前提にしない無料相談会もあるので、自社の受託のどこが残り、どこから自社プロダクトにつなげられそうか、相談してみてください。
この記事で触れた事例の出典
最終更新:2026年10月21日
