この記事の内容
参入障壁の作り方を考えるとき、多くの人はまず「機能で差をつける」ところから入ります。ただ、作る作業そのものが速く安くなった今、機能の差は以前より短い時間で埋まるようになりました。ハコブネのハッカソンでは、開発が初めての人を含む参加者全員が4時間弱でプロダクトを完成させています。同じものが4時間で作れる世界では、作れること自体はもう障壁になりません。この記事では、障壁になりにくいものと、なりやすいものを先に分け、そのうえで個人や小規模の事業者でも積み上げられる障壁の作り方と、それが効き始めるまでの期間の見方を整理します。
この記事について
書いているのは、作る側です。ハコブネを運営する株式会社Walkersは、受託と自社事業で累計300件の開発に関わり、200社以上の事業づくりを支援してきました。監修は取締役の池田龍一です。
一般論ではなく、実際にやったことの中身で説明します。この記事に出てくる数字は、すべて公開済みの自社・支援先の事例から引いています。出典は記事の最後にまとめました。
参入障壁とは、真似されるまでの時間のこと
参入障壁という言葉は、競合が入ってこられない壁のように使われがちですが、実務ではもう少し地味です。実際に効いているのは「入ってこられない」ではなく、「入ってくるのに時間と手間がかかる」という状態のほうです。障壁は壁の高さではなく、追いつくまでに必要な時間の長さで測るほうが実態に合います。
この見方に切り替えると、障壁の評価がやりやすくなります。自分のプロダクトを見て、資金力のある会社が本気で真似しにきたとき、何日でどこまで追いつかれるかを見積もる。1週間で追いつかれるなら、そこは障壁ではなく、単なる今の仕様です。逆に、真似しようとした瞬間に「顧客に話を聞くところからやり直しになる」なら、そこには時間が埋まっています。
もうひとつ、障壁は相手によって変わります。同じ機能でも、大手にとっては採算が合わないから入ってこない、という形で守られることがある。小さい市場は不利に見えて、放置されやすいぶん守りになります。障壁は、競合を追い払う話というより、自分がどこに時間を積むかの話だと考えたほうが進みます。
障壁になりにくいもの:機能・UI・価格・開発の速さ
まず、障壁になりにくいものを外しておきます。ここに力を入れていると、頑張っているのに差がつかない、という状態になりやすいからです。
機能。機能は、見えている以上、そのまま仕様書になります。競合はあなたの画面を見て、同じものを作れます。しかも今は、その作る時間が短い。Walkersが自社で作ったPrompt Labは、構想からベータ版の公開まで3週間でした。山本製作所の案件では、3週間かかると見ていた開発が2週間以内に完成しています。自分が3週間で作れるものは、相手も3週間で作れると考えておくのが安全です。
UI。UIは機能よりさらに複製が速い部分です。見た目は画面を開けば全部わかります。使いやすさは価値ですが、それ単体では守りにならない、と割り切ったほうがいい。ただしUIが無駄というわけではなく、後で触れる「使われ続けること」の入り口として効きます。
価格。安さは、相手が同じだけ安くすれば消えます。しかも価格で戦うと、こちらの体力のほうが先に尽きる。Walkersが提供しているHP Answerは、制作費0円・月額4,900円という形ですが、これは安さで勝つための設計というより、ヒアリングシートだけで打ち合わせ0回、48時間以内に初稿3パターンという提供のしかた全体があって成立しているものです。価格だけを切り出して真似しても同じ形にはなりません。価格が障壁になるのは、値段そのものではなく、その値段で回る仕組みを持っているときだけです。
開発の速さ。速く作れることは強みですが、障壁ではありません。速さは今、道具で買えるものになりつつあります。速さの価値は「先に出せること」ではなく、「早く出して、早く外の反応を受け取れること」のほうにあります。速さは障壁を作る手段であって、障壁そのものではない、という位置づけで扱うと判断を間違えにくいです。
障壁になりやすいもの:AIの外側にあるもの
では何が残るのか。ハコブネが2026年7月15日に開いたランチ会(参加6名)でも、参入障壁は業務知識・データ・顧客接点といった「AIの外側」に作る、という話が出ています。共通しているのは、どれも作業ではなく、時間をかけないと手に入らないものだという点です。
- 業務知識。その現場でしか出てこない例外の知識です。一番飯店(1952年創業・高田馬場・スタッフ4名)は、紙伝票とトランシーバーの運用をノーコードのオーダーシステムに移し、導入から約2年が経っています。オーダーにかかる労力は約50%削減されたと依頼者が話しています(体感での数字です)。こういう現場では、注文の取り消し方や急な変更の扱いなど、外から見えない決まりごとが必ずあります。画面は真似できても、その決まりごとは真似できません。
- データの蓄積。使われた分だけ増え、後から一度に買えないものです。サッカーチーム向けのサカチムプラスは、既存のサカチムに164チームが登録している状態の上に有料版を載せています。登録の積み上げは、あとから同じ機能を作った人が持っていけない部分です。
- 顧客接点。すでに連絡が取れる相手のリストと、話を聞いてもらえる関係です。高福合同会社のツナガルは、会員システムをLINE公式アカウントと連携させ、開始から約2ヶ月で会員12名・LINE約60名という状態でした。数としては小さく見えますが、連絡が取れる相手が何人いるかは、機能の多さより後から効いてくることが多いです。
- オフラインの手間。現地に行く、紙をもらう、人に会う、といった面倒な工程です。面倒なほど、後から入ってくる人にとっての負担になります。株式会社マックスの案件では、通常1週間(最短3日)かかっていた求人更新が30分〜1時間になり、4か国語に対応しました。この種の改善は、その業務の面倒さを知っている人にしか設計できません。
- 信用と実績。件数と年数でしか作れないものです。Walkersは累計開発実績300件、200社以上の支援、問い合わせ実績1000件という実績を持っています。補助金申請の支援では、支援総額5億1807万円、相談300件以上、累計支援121件という数字が公開されています。京都大学のKULALISの案件では、依頼者が4社の見積もりを比べて発注先を選びました。選ばれる場面では、機能一覧より前に、この会社に任せて大丈夫かが見られます。
- 切り替えコスト。相手が乗り換えるときに発生する負担です。療育支援のOne Companyは、ユーザー数に比例して費用が増える既存システムから自社専用のシステムに移し、開発に6ヶ月かけています。連絡帳の作成には1日約1時間かかっていました。ここまで業務に組み込まれたものは、少し良い代替品が出た程度では動きません。
- 規制や制度への対応。要件が細かく、間違えられない領域です。守る側にとっては面倒ですが、面倒だからこそ、後から来る人も同じだけ面倒を引き受けることになります。
個人・小規模でも作れる障壁の作り方
ここまで挙げたものは、大企業にしか作れないものではありません。むしろ、小さいほど作りやすいものが混ざっています。順番としては、次の流れが現実的です。
まず、狭い相手に決めること。障壁は、相手を絞るほど作りやすくなります。語学学校の台湾トークは、生徒約370名・講師約70名を抱え、管理業務に月30時間かかっている状態から開発に入り、10ヶ月かけています。この10ヶ月は、同じ業種の別の学校に向き合ったことのない人には短縮できません。障壁は広い市場では作れず、狭い相手に深く入ることでしか積み上がりません。
次に、使われ続ける理由を1つ作ること。機能を増やすことではなく、毎日開く理由を1つ持つことです。ハコブネのハッカソンで運営が作った記録アプリBENLOGは、確かめる仮説を「うんちを育てるためなら、人は毎日トイレを記録するのか」の一点に絞り、合格ラインとして7日後の継続率40%、30日後20%、1日平均3.5件を置いていました。これは検証前に置いた目標値であって、実測値ではありません。それでも、毎日記録されるかどうかを先に一点に絞っている点は参考になります。記録が毎日たまる仕組みは、そのままデータの蓄積になります。
そして、接点を自分の側に持つこと。人が集まる場所を他人に借りたままだと、条件が変わったときに全部が止まります。リスト、コミュニティ、自社メディアのような、自分の側に残る接点を少しずつ作っておく。Walkersの自社メディアは累計100万PVという規模になっていますが、これも一度に買えるものではありません。
最後に、やった仕事を形に残すこと。事例、記事、数字、推薦の言葉。同じことをやっていても、残している人と残していない人では、3年後に見える景色が変わります。信用は積み上げるしかないぶん、始めるのが早いほど有利です。
- 相手を1つの業種・1つの職種まで絞る
- 毎日または毎週使われる理由を1つだけ設計する
- たまったデータが次の価値になる形にしておく
- 連絡が取れる相手を、自分の側のリストに置く
- 終わった仕事を必ず記録として公開する
障壁ができるまでの期間をどう見るか
障壁の話でいちばん誤解されやすいのが、時間の感覚です。機能は数週間でできますが、障壁は数週間ではできません。
作るところまでの期間は、実際かなり短くなっています。ハッカソンでは4時間弱でプロダクトが完成し、Prompt Labは3週間でベータ版が公開されました。一方で、障壁になる部分に必要な期間は桁が違います。台湾トークは開発10ヶ月、One CompanyとKULALISは開発6ヶ月、一番飯店は導入から約2年が経っています。ApoLink(UPSTA Japan)は開発2ヶ月半、リリースから1ヶ月半で会員200人弱という立ち上がりでしたが、これは会員が増え始めた地点であって、積み上がりきった地点ではありません。
そこで、期間の見方を2つに分けておくと判断しやすくなります。1つは「出すまでの期間」で、これは短くしてよい。もう1つは「効き始めるまでの期間」で、これは短くできない。出すまでの速さは競争条件になりましたが、効き始めるまでの遅さは競争条件になっていません。だから、遅いほうの時計を早く回し始めた人が有利になります。
途中経過の見方としては、次のあたりを目安にすると、進んでいるかどうかが判定できます。
- 同じ相手から2回目の依頼や継続利用が起きているか
- 使われるほどたまるデータが、実際に増えているか
- 紹介や口コミで新しい相手に届いているか
- 相手が乗り換えようとしたときに、面倒だと感じる要素があるか
障壁を作ろうとして、よく空振りするところ
最後に、詰まりやすい場所を挙げておきます。
先に守ろうとしてしまう。使われていないプロダクトに障壁は作れません。守るものが無い段階で防御を考えると、機能を増やす方向に流れます。まず外に出して、使われる理由を見つけるほうが先です。
技術そのものを障壁だと考える。自分たちしか使えない技術なら別ですが、多くの場合、使っている道具は誰でも使えます。道具が同じなら、差がつくのは道具の外側で何を知っているかです。
汎用化を急ぐ。1社向けに深く作ったものを、早すぎるタイミングで誰にでも使える形に薄めると、いちばん真似しにくかった部分が消えます。汎用化は、深さが積み上がってからでも遅くありません。
長く続けているのに、記録していない。年数と件数は障壁になりますが、外から見えなければ選ばれる材料になりません。やったことを書いていないと、実績があっても無いのと同じ扱いになります。
参入障壁の有無で、やるかどうかを決めてしまう。始める前から強い障壁を持っている個人はほとんどいません。障壁は、始めたあとに積むものです。クリスタルロードのCalmspotのように、自社開発で見通しが立たなくなった状態から引き継いで立て直す形で始まる事業もあります(当初予算200〜300万円から開発コストは50%以上削減されたと依頼者が話しています。期間は3〜4ヶ月)。入口の条件より、入ったあとに何を積むかのほうが効いてきます。
よくある質問5選
質問1個人でも参入障壁は作れますか。
作れます。ただし、資金や規模で作るタイプの障壁は使えないので、業務知識・顧客接点・データの蓄積など、時間で積むタイプに寄せることになります。相手を狭く決めるほど積み上がりが速くなります。
質問2特許を取れば障壁になりますか。
領域によります。技術そのものが競争の中心にある分野では意味を持ちますが、多くのソフトウェア事業では、取得や維持の手間に対して守れる範囲が限られます。先に、使われ続けている状態を作るほうが優先度は高いことが多いです。
質問3競合が多い市場は避けたほうがいいですか。
一概には言えません。競合がいることは、その用事にお金を払う人がすでにいる証拠でもあります。判断材料になるのは競合の数ではなく、今の代用品に対して顧客が何を不満だと感じているかのほうです。
質問4障壁ができたかどうかは、どこで判断できますか。
単月の売上ではなく、繰り返し使われているか、同じ相手から2回目が来ているか、紹介が起きているかで見るほうが実態に合います。どれも短期間では出ないので、数ヶ月単位で確認することになります。
質問5開発が速くなったことは、障壁づくりにとって不利ですか。
作れること自体の価値は下がりましたが、外に出して反応を受け取る回数は増やせます。障壁になる部分は出したあとに積み上がるので、早く出せることは、積み始める時期を前倒しできるという意味で有利に働きます。
この記事で触れた事例の出典
最終更新:2026年9月16日
