スモールビジネスのアイデアは、思いつくものではありません。アイデアが無いのではなく、選ぶ基準が無いから決められないという状態がほとんどです。実際、目の前の面倒ごとを挙げれば候補は何十個でも出てきます。問題は、そのどれを自分がやるのかを決められないことのほうにあります。この記事では、先に選ぶための4つの軸を示し、そのうえで業種別に30個のアイデアを「誰の・何が面倒か」の一行で並べます。最後に、30から1つに絞る手順まで置きました。一覧を眺めて終わりにせず、自分の手持ちに引き寄せて選ぶための記事です。
この記事について
書いているのは、作る側です。ハコブネを運営する株式会社Walkersは、受託と自社事業で累計300件の開発に関わり、200社以上の事業づくりを支援してきました。監修は取締役の池田龍一です。
一般論ではなく、実際にやったことの中身で説明します。この記事に出てくる数字は、すべて公開済みの自社・支援先の事例から引いています。出典は記事の最後にまとめました。
アイデアは思いつくものではなく、手持ちから選ぶもの
「世の中にない新しいもの」を探そうとすると、ほぼ確実に手が止まります。新しさは検証のしようがないうえ、新しいかどうかは相手にとってどうでもいいことだからです。相手が気にするのは、自分の面倒が減るかどうかだけです。
出発点にするのは、自分がすでに持っているもののほうです。株式会社Walkers代表のつかさ(渡邊敦司)は公開のXで、手持ちの資源から始めるエフェクチュエーションの考え方が自分の起業プロセスに近い、と書いています。手持ちとは、職務で身についた勘、続けてきた習慣、話を聞ける相手、そして使える時間のことです。
だから、この記事の30例も「良いアイデア集」ではありません。自分の経験と重なる行を見つけるための呼び水として使ってください。同じ行でも、そこに10年いた人と、聞いただけの人とでは、出せる答えがまったく違います。
選ぶための4つの軸
候補が出たら、次の4つで削ります。4つとも通ったものだけを残してください。
軸1:自分がすでに時間を使った場所か。 職務経験、前職、趣味、家族の事情、地域の役回り。どれでもかまいませんが、外から眺めただけの分野は、判断の速さでどうしても負けます。手持ちが薄い分野は、最初の1件を取るまでが長くなりがちです。
軸2:面倒が具体的に言えるか。 「不便そう」ではなく、誰が・どのくらいの頻度で・何分かけて・失敗するとどうなるか、まで言えるかどうかです。つかさは公開のXで、Who・When・What・Where・How・Whyを埋めると新規事業のコンセプトになる、と書いています。この6つが埋まらないうちは、それはまだアイデアではなく思いつきです。
軸3:すでにお金か手間が払われているか。 相手がいま、その面倒をどう処理しているかを見ます。人手でしのいでいる、外注している、別のサービスに月額を払っている。どれかに当たれば、対価が発生する余地はあります。逆に「誰も何もしていない」なら、困っていない可能性を先に疑ってください。
軸4:自分ひとりの手で回りきるか。 在庫を持つ、現地に立ち会う、24時間の対応が要る。こうした条件が入ると、小さく始める前提が崩れます。やめたいときにやめられる形かどうかを、最初に確かめておくと後が楽です。
自分の手持ちを棚卸しする
軸1を使うには、材料を机の上に出す必要があります。難しく考えず、次の4つを思い出せるだけ書き出してください。
- 毎月かならず発生するのに、誰も好きでやっていなかった作業
- 他部署や取引先から、毎回同じことを聞かれた質問
- 人が増えるたびに比例して重くなっていた仕事
- 自分にだけ話が来ていた相談
ここで出てくるのは、たいてい地味な作業です。地味でかまいません。続いている事業の多くは、毎日かならず発生する作業に当たっています。一番飯店のオーダーシステムは、店舗のオーダーという一箇所に絞ったことでベータ版まで2週間で建ち、導入から約2年使われています。使う頻度が低い作業から手をつけると、作っても定着しません。
なお、勤務先で見てきたことを材料にするのは、「こういう場面で人は困る」という理解を持ち出すことであって、ファイルや名簿を持ち出すことではありません。顧客リスト・社内資料・開発物は持ち出さないでください。 就業規則や競業避止の解釈は会社ごとに違うので、勤務先の担当部署と専門家に確認してください。
業種別アイデア30:誰の・何が面倒か
以下は候補の呼び水です。一行はすべて「誰の・何が面倒か」の形で書いてあります。
飲食・小売
- 個人店の店主:紙の伝票をあとからレジや会計の帳簿に書き写す手間
- 店長:日替わりや臨時休業を、店頭・SNS・地図サービスに別々に出す手間
- 小売店のオーナー:仕入れの量を、前月の記憶と勘だけで決めている状態
- 複数店舗の経営者:各店のシフト希望をチャットで集めて表に起こす手間
- テイクアウト中心の店:調理の最中に電話注文を受けて書き留める手間
士業・コンサル・専門サービス
- 税理士・社労士:毎月おなじ資料を顧問先に催促する連絡
- 行政書士:案件ごとに必要書類が違い、案内文を毎回書き直す手間
- コンサルタント:議事録と宿題が相手ごとに別ファイルに散らばる状態
- 設計やデザインの個人事業主:修正指示がメール・チャット・電話に分かれる状態
- 出張撮影のカメラマン:納品データの受け渡しと、採用カットを選ぶやりとり
教育・スクール
- 語学学校の運営者:生徒と講師の予定を突き合わせる作業(台湾トークでは管理業務が月30時間)
- 講師:欠席と振替の連絡を個別に受けて、台帳に反映する手間
- スクール運営:受講生の進み具合を、誰も一望できない状態
- 教室オーナー:体験申込から入会までの連絡が手作業で、抜けが出る状態
- オンライン講座の主催者:動画と資料の配布先を、回ごとに作り直す手間
医療・福祉・介護
- 療育や福祉の事業者:連絡帳を手で書いて保護者に渡す作業(One Companyでは1日約1時間)
- 訪問介護の管理者:紙の訪問記録を、請求のたびに転記する手間
- クリニックの受付:予約変更の電話が、診療中に集中する状態
- 施設の管理者:利用者が増えるほど費用が比例して増えるシステムを使っている状態
- 歯科や整体の院長:次回予約のリマインドを毎回手作業で送っている状態
製造・建設・現場
- 町工場の社長:見積もりの根拠が、過去の紙の中にしか残っていない状態
- 現場監督:写真と報告を、その日のうちにまとめきれない状態
- 製造の管理者:在庫の数が、実地で数えるまでわからない状態
- 職人:日報を会社に戻ってから書いている状態
- 設備業者:点検の周期と履歴が、顧客ごとにばらばらに管理されている状態
地域・コミュニティ・不動産
- スポーツチームの代表:チーム紹介ページの見栄えが揃わない(サカチムには164チームが登録)
- 会員制コミュニティの運営者:入退会と会費の管理が、名簿と手作業に分かれている状態
- 地域の団体:イベントの申込が電話とメールと紙に分かれる状態
- 不動産の管理会社:内見の日程調整が、電話のラリーになる状態
- 宿やレンタルスペースの運営者:鍵の受け渡しと当日の案内を、毎回個別に送っている状態
このほか、採用まわりも面倒が溜まりやすい場所です。株式会社マックスでは、求人情報の更新に通常1週間(最短3日)かかっていたものが30分〜1時間になり、4か国語に対応しました。京都大学KULALISの案件のように、申込から外部への引き渡しまでを通して管理する形が要るケースもあります。
30から1つに絞る方法
残った候補を1つにするときは、次の順で落としてください。
1. 話を聞ける相手が3人以上いるか。 いなければ、その候補は今は選べません
2. いま相手がどう処理しているか言えるか。 言えなければ、聞くところからやり直します
3. 確かめたい問いを1文で書けるか。 「◯◯な人は、××のために毎日△△を続けるか」の形が書ければ十分です
4. 自分の手で、決めた期間内に出せる大きさか。 出せないなら、範囲を狭くします
絞るのは「良さそうな順」ではなく、「確かめられる順」です。 良さそうに見える候補ほど、確かめるのに時間がかかることがあります。ApoLink(UPSTA Japan)は、テストマーケでマッチング機能の反応が良かったため、開発の途中で作る順番を組み替え、それでも予定どおりリリースしています。先に確かめて、それから順番を決めたわけです。
そして、競合がいることを理由に候補を消さないでください。つかさは公開のXで、検討中の新規事業に競合がいたときの反応として「普通の人:やっぱやめとくか…/BizDev:やったー市場がある!!」と書いています。競合がいるのは、その面倒にお金を払う人がすでにいるという意味でもあります。
よくある質問5選
質問1経験が浅く、強みと言えるものがありません。
強みを「人より優れていること」と考えると、たいてい何も残りません。軸1で見ているのは優劣ではなく、時間を使った場所です。1年でも続けた仕事や役回りがあれば、外から見た人よりは具体的な面倒を知っています。そこから軸2で言語化してみてください。
質問230例のどれかをそのまま始めてもいいですか。
一行そのままでは始められません。どの行も、相手が誰で、どの頻度で、どれだけの手間なのかを聞き取ってはじめて形になります。30例は候補を思い出すための呼び水として使い、軸2と軸3で自分の手元の情報に置き換えてください。
質問3ニッチすぎる気がします。
小さく始める前提なら、狭いことは弱点になりにくいです。相手が狭いほど、面倒の説明が具体的になり、聞き取りも早く進みます。広げるのは、その狭い範囲で繰り返し依頼が来るようになってからで間に合います。
質問4アイデアが複数残ってしまいました。
同時に進めると、どれも改善に必要な回数が溜まりません。絞り方の1から4を順に当てて、いちばん早く確かめられるものを選んでください。残りは消すのではなく、書き留めて保留にしておけば十分です。
質問5自分では面倒だと思っても、相手が困っていない場合は。
よくあります。だから軸3で「いまどう処理しているか」を必ず聞きます。人手でしのいでいる、外注している、月額を払っている、のいずれにも当たらないなら、困りごとの大きさを疑ってください。困っていない相手に売るより、次の候補に移るほうが早いです。
この記事で触れた事例の出典
最終更新:2026年9月16日
