この記事の内容
新規事業のフレームワークを調べると、名前ばかりが増えていきます。ただ、どれを使うかで結果が変わることは、実際にはあまりありません。フレームワークは答えを出す装置ではなく、考える順番を固定して、抜けている場所を見つけるための道具だからです。この記事では、立ち上げの場面でよく使われる5つの枠を取り上げ、それぞれ「何を考えるための道具か」「埋めるときにどこで手が止まるか」「埋めたあとに何を決めるか」の3点で説明します。枠を埋めること自体が目的にならないように、最後は必ず決めごとに着地させる形で並べました。
この記事について
書いているのは、作る側です。ハコブネを運営する株式会社Walkersは、受託と自社事業で累計300件の開発に関わり、200社以上の事業づくりを支援してきました。監修は取締役の池田龍一です。
一般論ではなく、実際にやったことの中身で説明します。この記事に出てくる数字は、すべて公開済みの自社・支援先の事例から引いています。出典は記事の最後にまとめました。
そもそもフレームワークは、何のためにあるのか
新規事業でフレームワークが役に立つのは、考えが足りないときではなく、考えが散らかっているときです。技術に強い人は機能の話を、営業に強い人は売り方の話を、それぞれ延々と続けられてしまう。枠は、その偏りを機械的に矯正します。
だから枠の価値は「埋まったこと」ではなく、「埋まらなかった箱が見えたこと」にあります。空欄は、自分がまだ知らないことの一覧です。空欄が多いフレームワークは失敗ではなく、次に何を調べるかを教えてくれている状態だと考えてください。
ハコブネの代表つかさは、Who・When・What・Where・How・Whyの6つを埋めると新規事業のコンセプトになる、とXで書いています。市販の枠が複雑すぎると感じるなら、この6つから始めても構いません。以下の5つは、その6つを場面ごとに細かくしたものだと捉えると位置づけを見失いにくい。
3C:どこで戦うかの輪郭を描く
3Cは、顧客(Customer)・競合(Competitor)・自社(Company)の3つを並べて、事業の置き場所を確かめる枠です。大前研一が示した整理として知られています。目的は勝ち負けの判定ではありません。3Cは「勝てるか」を採点する枠ではなく、そもそもどこで戦うつもりなのかを言葉にするための枠です。
埋めるときに詰まるところ。 圧倒的に競合の欄です。多くの人は、競合を調べるほど気持ちが下がります。ここは解釈の問題で、つかさは「検討中の新規事業に競合がいた時の反応。普通の人:やっぱやめとくか…/BizDev:やったー市場がある!!」と書いています。競合の存在は、金を払う人がすでにいるという証拠でもある、という見方です。もうひとつ詰まるのは、競合を同業他社に限定してしまうことです。顧客が今その用事をどう済ませているかが基準なので、紙とエクセルと社内の誰かの手作業も、全部競合の欄に入ります。
埋めたあとに決めること。 「自分はどの顧客の、どの用事において、誰と比べられるのか」の一文です。顧客は必ず何かと比べます。京都大学のKULALISの案件でも、依頼者は4社の見積もりを比べて発注先を選んでいます。
SWOT:手持ちの資源と、外の風向きを突き合わせる
SWOTは、強み・弱み・機会・脅威の4つを内部と外部に分けて並べる枠です。新規事業の文脈では、自分が今すでに持っているものを棚卸しする役割が大きい。つかさは、手持ちの資源から始めるエフェクチュエーションの考え方が自分の起業プロセスに近い、とも書いています。ゼロから理想を描くより、手元にあるものを数えるほうが立ち上がりは速いことが多いです。
埋めるときに詰まるところ。 強みが「誠実さ」「スピード感」のような形容詞になってしまうことです。強みの欄に書いていいのは、名詞と数字だけだと決めてしまうと精度が上がります。すでに連絡が取れる人のリスト、過去にやった仕事、使える設備、社内で通っている決裁ルート。もうひとつは、機会と脅威に一般ニュースを貼りがちなことです。自分の意思では動かせない外部要因のうち、この事業の成否を実際に左右するものだけに絞ってください。
埋めたあとに決めること。 SWOTは4つの箱を埋めた時点では何も決まりません。掛け合わせて初めて打ち手になります。強み×機会で「いちばん早く着手できる一手」、弱み×脅威で「先に手当てしないと詰む場所」を1つずつ書き出す。この2行が出ないなら、まだ埋め終わっていません。
ジョブ理論:顧客ではなく、顧客が済ませたい用事を見る
ジョブ理論は、クレイトン・クリステンセンが示した考え方で、人はプロダクトを買うのではなく、片づけたい用事(ジョブ)のためにプロダクトを雇う、と捉えます。属性で顧客を切るのをやめて、その人が今日片づけたい用事で切り直すのが眼目です。年齢や業種が同じでも、用事が違えば別の顧客です。
埋めるときに詰まるところ。 用事を機能の言葉で書いてしまうことです。「管理システムが欲しい」は用事ではなく解決策です。用事はもっと手前にあります。1952年創業の一番飯店(高田馬場・スタッフ4名)は、紙伝票とトランシーバーで注文を回していた状態から、ノーコードのオーダーシステムに移しました。ここでの用事は「システムを導入すること」ではなく「注文を取りこぼさずに厨房へ通すこと」です。ベータ版までは2週間、オーダーにかかる労力は約50%削減されたと依頼者が話しています(体感での数字です)。
埋めたあとに決めること。 「その用事を、今この人は何で代用しているか」と「代用品を捨ててまで乗り換える理由は何か」の2つです。乗り換え理由が書けないジョブは、困ってはいるが今のままでも死なない類の困りごとで、後回しにされます。
バリュープロポジションキャンバス:相手の困りごとと提供を線でつなぐ
バリュープロポジションキャンバスは、アレックス・オスターワルダーらが示した枠で、右に顧客側(ジョブ・ペイン・ゲイン)、左に提供側(製品とサービス・ペインリリーバー・ゲインクリエイター)を置き、左右が噛み合っているかを見ます。ジョブ理論で見つけた用事を、自分の提供物に接続する工程です。
埋めるときに詰まるところ。 左側から先に書いてしまうことです。作りたいものが先にあると、右側がその正当化に使われます。もうひとつは、ペインの解像度です。「手間がかかる」では設計できません。語学学校の台湾トークは、生徒約370名・講師約70名を抱え、管理業務に月30時間かかっていました。時間か回数か金額に落ちて初めて、直したかどうかを後から判定できます。
埋めたあとに決めること。 左右がつながらないときに疑うべきは、提供物ではなく相手の選び方です。同じものでも、届ける相手を変えれば刺さることがある。サッカーチーム向けのサカチムプラスは、当初は検索サイトの強化が想定されていましたが、対話を重ねるなかで「チーム専用ホームページの質」へ方向を変え、配色を100種類実装しました。既存のサカチムには164チームが登録しています。噛み合わなかったときに作り直すのは、まず右側です。
リーンキャンバス:1枚に収めて、いちばん危ない仮説を選ぶ
リーンキャンバスは、アッシュ・マウリャがビジネスモデルキャンバスを新規事業向けに組み替えた1枚の枠です。課題、顧客セグメント、独自の価値提案、ソリューション、チャネル、収益の流れ、コスト構造、主要指標、圧倒的な優位性の9つを1ページに書きます。全体を1枚にする狙いは、事業計画書を作ることではありません。リーンキャンバスは、1枚の中でいちばん壊れやすい仮説を1つ選ぶための地図です。
埋めるときに詰まるところ。 圧倒的な優位性の欄が空くことです。立ち上げ直後は、たいてい本当に何もありません。無理に埋めるより、空けておくほうが誠実です。もうひとつはチャネルで、SNSと広告と書いて終わりがちです。ここは「最初の10人にどう会うか」に置き換えると具体化します。
埋めたあとに決めること。 9つのうち、外れたら全部が崩れる箱を1つだけ選び、それを確かめる方法と合格ラインを書くことです。ハコブネのハッカソンで運営が作った記録アプリBENLOGは、確かめる仮説を「うんちを育てるためなら、人は毎日トイレを記録するのか」の一点に絞り、合格ラインとして7日後の継続率40%、30日後20%、1日平均3.5件を置いていました。これは検証前に置いた目標値であって、実測値ではありません。それでも、先に線を引いておくと、結果が出たときの判断が事務作業になります。
埋めたあとに何も起きない、をどう防ぐか
フレームワークがうまくいかない理由は、枠の選び方より、埋めて満足してしまうところにあります。埋め終わった枠から、来週やる行動が1つも出てこないなら、その枠はまだ考え終わっていません。
日程調整と決済を一体にしたビジネスマッチングのApoLink(UPSTA Japan)は、テストマーケでマッチング機能の反応が良かったため、開発の途中で作る順番を組み替え、それでも予定どおりリリースしています。開発2ヶ月半、リリースから1ヶ月半で会員200人弱でした。枠が効いているのは、きれいに埋まったときではなく、埋めた内容が外の反応で書き換わったときです。
最後に、詰まりやすいところを並べておきます。
- 枠を全部やろうとする。 5つ全部を埋めきってから動く必要はありません。1つの枠から1つの行動が出れば十分です。
- 空欄を想像で埋める。 空欄は調べる対象であって、埋める対象ではありません。想像で埋めた箱は、後から必ず判断を狂わせます。
- 一度書いて終わりにする。 外で話を聞くたびに書き換わるのが正常です。書き換わらないなら、聞く相手が近すぎる可能性があります。
よくある質問5選
質問15つ全部を使わないといけませんか。
必要ありません。目的が違う道具なので、今わからないことに対応する枠だけを使えば足ります。相手が曖昧ならジョブ理論、提供物が刺さらないならバリュープロポジションキャンバス、全体の抜けを見たいならリーンキャンバス、という選び方で構いません。
質問2フレームワークを埋めれば事業がうまくいきますか。
枠で決まるのは「何を確かめるか」までです。確かめた結果は外にしかないので、埋めた内容は必ず人に聞いて書き換えることになります。枠は判断を速くする道具であって、成果を約束するものではありません。
質問3社内の新規事業でも同じ枠が使えますか。
使えます。ただ社内では、SWOTの強みの欄に「社内で使える資源と、通せる決裁ルート」を必ず入れてください。社外の人が持っていない資産はそこにあることが多く、同時に、そこが動かないと止まる場所でもあります。
質問4競合が多い領域は避けたほうがいいですか。
一概には言えません。競合がいることは、その用事にお金を払う人がすでにいる証拠でもあります。判断材料になるのは競合の数ではなく、顧客が今の代用品に何を不満だと感じているかのほうです。
質問5リーンキャンバスは何回書き直せばいいですか。
回数の基準はありません。相手の話を聞いたのに1文字も変わらない状態が続いたら、聞く相手か聞く質問のどちらかを変えたほうがいい、という目安で見てください。
この記事で触れた事例の出典
最終更新:2026年9月16日
