この記事の内容
新規事業の市場調査というと、調査会社にレポートを頼む場面を思い浮かべる人が多いと思います。ただ個人や小さなチームの場合、そこにかけられる予算はほとんどありません。この記事では、費用をかけずに、公開されている情報と人への確認だけで市場調査を進める手順を4段階に分けて書きます。公開統計で規模と方向を粗くつかみ、検索の需要で困りごとの言葉を拾い、競合の求人と価格から相手の内側を読み、最後に実際にお金を払っている人に確かめる。順番を守ると、調べる量は減り、判断できる材料は増えます。
この記事について
書いているのは、作る側です。ハコブネを運営する株式会社Walkersは、受託と自社事業で累計300件の開発に関わり、200社以上の事業づくりを支援してきました。監修は取締役の池田龍一です。
一般論ではなく、実際にやったことの中身で説明します。この記事に出てくる数字は、すべて公開済みの自社・支援先の事例から引いています。出典は記事の最後にまとめました。
市場調査の目的は、市場の大きさを知ることではない
先に目的を置きます。新規事業の市場調査でほしいのは、市場規模の数字そのものではありません。ほしいのは、着手してよいかどうかの判断材料です。
この2つを混同すると、調査が終わらなくなります。市場規模は、どこまでも精度を上げられます。一方で判断は、粗い情報でも下せることが多い。調べる目的が「決めること」なら、決められる粗さで止めていいということです。
もう一つ、順番の話をします。多くの人は、大きい情報(市場規模)から小さい情報(目の前の一人)へ降りていきます。この順番でも構いませんが、判断をひっくり返す力がいちばん強いのは、いちばん最後の「買っている人の声」です。だから、前半に時間をかけすぎないでください。前半は、後半で誰に会うかを決めるための絞り込みだと考えると、ちょうどよく力が抜けます。
手順1:公開統計で、規模と方向を粗くつかむ
最初にやるのは、国や自治体、業界団体が公開している統計を見ることです。無料で読めて、出典として人に示せます。
見るのは3点だけで足ります。
- その市場が今どのくらいの大きさか(桁が合っていれば十分。一の位は要りません)
- 増えているのか減っているのか(方向のほうが、絶対値より判断に効きます)
- 誰が使っているのか(年齢、地域、事業者の規模など、後で会いに行く相手の輪郭)
ここでの注意は2つあります。1つは、統計の区分が自分の事業と一致しないこと。既存の分類は、新しい提供物を想定して作られていません。近い区分を2つ3つ並べて、はさみ撃ちで当たりをつけるくらいが現実的です。もう1つは、統計は「今あるもの」しか映さないという点です。まだ市場になっていない困りごとは、どの統計にも載りません。載っていないことを、需要がない証拠として読まないでください。
なお、市場が縮んでいることは、必ずしも撤退の理由になりません。縮む市場の中で、手作業のまま残っている工程はむしろ増えていることがあります。台湾トークという語学学校では、生徒約370名・講師約70名の管理業務に月30時間かかっていました。療育支援のOne Companyでは、連絡帳の作成に1日約1時間かかっていました。こうした「業界の統計には出てこない時間」は、統計の粒度では見えません。
手順2:検索の需要で、言葉になっている困りごとを拾う
次に、人がどんな言葉で検索しているかを見ます。キーワードの候補と、おおまかな検索量がわかる無料のツールは複数あります。ここで見るべきは順位や広告単価ではなく、言葉そのものです。
検索されている言葉は、困りごとが本人の中で言語化された状態を表します。言語化されているということは、その人はすでに解決策を探していて、比較の段階にいる可能性が高いということです。逆に、まったく検索されていない領域は、需要がないのではなく、まだ本人が言葉にできていないだけのことがあります。どちらなのかは、この段階では決められません。
拾い方は次のとおりです。
- 自分の提供物の名前ではなく、困りごとの言葉で探す(「◯◯ 管理 大変」「◯◯ 効率化」のような形)
- 一緒に検索されている言葉(併記される語)を並べ、何と比較されているかを見る
- 「やり方」「方法」「相場」「比較」など、行動が近い語が付いているものに印をつける
- 検索量が小さくても、言い回しが具体的なものは残す
ここまでで、会いに行くべき相手の輪郭と、その人が使う言葉が手元に集まります。次の手順で使います。
手順3:競合の求人と価格を読む
競合調査というと、機能比較表を作る作業になりがちです。ただ、公開情報から本当に読み取れるのは、機能より先に2つあります。求人と価格です。
求人は、会社が今どこに金と人を投じているかを映します。 どの職種を何人募集しているか、募集要項にどんな業務が書かれているか。そこには、これから強化する領域と、今まわりきっていない工程が出ます。プレスリリースより更新が早く、そして正直です。
価格は、その市場で払われている金額の実績です。 公開されている料金表、プランの分け方、無料枠の切り方を並べると、何に対して課金されているのかがわかります。価格表は、その会社が「顧客が価値を感じている箇所」だと考えている場所の一覧でもあります。
読むときのコツを挙げます。
- プランの境目を見る(どの機能を境に値段が上がるか=何が価値だと考えられているか)
- 一番安いプランの制限を見る(どこで詰まらせて、上に上げようとしているか)
- 求人の「歓迎要件」を見る(まだ社内にない能力が書かれていることが多い)
- 採用ページの組織図や部署名を見る(力を入れている領域が名前になって出ます)
そして、競合がいたこと自体を撤退の理由にしないでください。株式会社Walkers代表のつかさ(渡邊敦司)はXで「検討中の新規事業に競合がいた時の反応 普通の人:やっぱやめとくか... BizDev:やったー市場がある!!」と書いています。競合の存在は、その困りごとにお金が払われている証拠でもあります。見るべきは有無ではなく、取りこぼされている相手が自分の手の届く範囲にいるかどうかです。
手順4:実際に買っている人に確かめる
ここがいちばん効きます。前の3つは、この段階で誰に何を聞くかを決めるための準備でした。
聞く相手は、似た商品にすでにお金を払った人です。興味がある人ではありません。払った人は、比較した候補、決め手、不満を実際の経験として持っています。聞く内容は、将来の意向ではなく過去の行動に寄せてください。「買いますか」ではなく「前回どう選んだか」を聞く、ということです。
聞くことの型を置きます。
- 前に同じ困りごとが起きたのはいつか、そのとき何をしたか
- 何と何を比べたか、最後の決め手は何だったか
- いくら払ったか、誰が払う判断をしたか
- 今も使っているか、やめたなら理由は何か
参考になる例が2つあります。京都大学のKULALIS(研究室の申込から外部業者への引き渡しまでを管理する仕組み)は、4社の見積もりを比べて採用先を決めています。買う側は複数を比較している、という当たり前の事実が、売る側の想定から抜けていることは多い。もう1つ、UPSTA JapanのApoLink(日程調整と決済が一体のビジネスマッチング)は、テストマーケでマッチング機能の反応が良かったことを受けて、開発途中で作る順番を組み替え、それでも予定どおりリリースしました。開発は2ヶ月半、リリースから1ヶ月半で会員200人弱です。
サカチムプラスも、当初は検索サイトの強化が想定されていたところから、対話を重ねて「チーム専用ホームページの質」へ方向が変わりました。調査の価値は、想定が当たったときより、想定が外れて作る順番が変わったときに出ます。
調べ終わりの線を、先に決めておく
市場調査でいちばん多い失敗は、間違った結論を出すことではなく、いつまでも終わらないことです。調べているあいだは何も決めなくていいので、着手を先送りする口実として便利すぎます。
だから、始める前に線を引いてください。
- 期限。 何日までに終える、と日付を書く
- 会う人数。 何人に話を聞いたら次へ進む、と決める
- 判断の基準。 どういう答えが何件出たら着手する/やめる、と書く
基準を先に置く発想は、作る段階にも出てきます。2026年8月のハッカソンで作られた記録アプリのBENLOGは、確かめる仮説を「うんちを育てるためなら、人は毎日トイレを記録するのか」の一点に絞り、合格ラインとして7日後の継続率40%、30日後20%、1日平均3.5件を置いていました(これは検証前に置いた目標値で、実測値ではありません)。先に合格ラインを書いておくと、集めた情報が「材料」から「判定」に変わります。
よくある質問5選
質問1お金をかけない市場調査は、精度が低くないですか。
精度は確かに劣ります。ただ、着手するかどうかの判断に必要な粗さは、思っているより粗いことが多いです。桁が合っていて、方向が読めて、買った人の話が数人ぶん取れていれば、最初の一手は決められます。金額の大きい投資判断をする段階になったら、そこで改めて精度を上げてください。
質問2何人に話を聞けばいいですか。
決まった人数はありません。目安としては、同じ答えが繰り返し出てきて新しい情報が増えなくなったら一区切りです。大事なのは人数より相手の選び方で、似た商品にすでにお金を払った人かどうかで、返ってくる情報の質がかなり変わります。
質問3統計に自分の市場が載っていません。
新しい領域では珍しくありません。載っていないことを需要がない証拠として読まないでください。その場合は、近い既存の区分を2つ3つ並べてはさみ撃ちにするか、統計を飛ばして、手順3と手順4(競合の価格と、買っている人の話)に比重を移すほうが早いです。
質問4競合が多い市場は避けるべきですか。
競合が多いことは、その困りごとにお金が払われている証拠でもあります。判断材料になるのは数ではなく、既存の競合が取りこぼしている相手が自分の手の届く範囲にいるかどうかです。価格表の一番安いプランの制限を見ると、どこが取りこぼされているかの手がかりが出ます。
質問5調査と検証は、どう使い分ければいいですか。
調査は「すでにある情報を読む」作業、検証は「まだない答えを自分で作りに行く」作業です。読むだけで決まるなら調査で止めていい。決まらないなら、小さく作って反応を見る段階に移ります。調査で決まらないことをいつまでも調べ続けるのが、いちばん時間を使う失敗です。
この記事で触れた事例の出典
最終更新:2026年9月16日
